2008-03-27
_ 兎に角
惨めで情け無い生活をしている、ような感じがする。感じがするだけではなく、確信している。自害願望が日に数回に脳裏よぎる。単なる生理反応だし、過ぎ去るはずだと思うけれども、でも、やっぱりよぎる。
都合の良い依存対象が目の前にあったら、簡単に飛びついてしまいそうなので、誰とも会わず、遊びに行かず、ただ、引き籠もっている。
でも。猫が飼いたいです。
2007-11-07
_ 実家に戻った
実家の部屋は、動かせなかった本棚が1つと、机一つがあるだけで、がらんとしていた。
大部分の漫画本はまとめられ、捨てるかどうかを選別してくれといわれた。
初めて就職したときの研修中の資料。かつての仲間との写真。
初めて申し込んだコミケの落選通知。サークル名すら忘れていた。
クリエイションと併催だった頃のM3カタログ。あのとき少し手を抜いていた気がする。
好きだった漫画家のインタビュー。10年前の記事で、自分より10歳年上。そしていまも漫画を描いている。
社会で活躍する人がいるのに、自分は何なのだろうと思った。
学生の頃から何も変わってないじゃないか。
本棚を整理していると、かつての思い出に埋没しそうになる。
ただ、家があるというだけで体裁は保ててはいるが、本当は駅前で BIG ISSUE を売ってる人と僕は何も変わらない。
そしてたぶんそれは時間の問題だろう。
自分は今まで何をしてきたのだろうか。誰かの信用を得られるほどの何かをできていたのだろうか。
俺は駄目なやつだ。どこが駄目かというと、なにもやらないところが一番駄目だ。
ふつうの駄目なやつは何かをやり続けているから本当は駄目じゃない。
駄目なやつは駄目なりに何かをしなきゃならない。何かを続けなきゃならない。
自分の仕事を続け、そして外部に出し続けなければならない。
なぜできないんだろうか。ふらふらとしたまま仕事を定めず、それが駄目とわかっていて、なぜ体が動かないんだろうか。
いままでいろんなベクトルを残してきたとは思うけれども、
ふと全部足してみたら原点0にいた、
そんな絶望感で動けなくなってしまった。
僕はどこで何を間違えたのだろうか。
2007-10-23
_ 『すごい』を前にして
世の中には『すごい』作品やら、『すごい』頭のいい人やら、ともかくどうしようもない無力感に襲われるようなものがごろごろしている。
そんなものを前にするとだれでも怖じ気づくに決まっている。
マーケティング的に言えば、その業界への参入障壁。その壁のようなものを心にどーんと、強姦されるがごとくおっ建てられてしまう。
そんなことをされたのでは、毎日同じ時間に同じ場所でキーボードの前に座るという、基本的なことができなくなってしまう。継続は才能や能力とか以前に必要なことなのに。
その点でネットは本当に良くない。わざわざ治安の悪い場所に身を投げる必要などどこにあるというのだろう。
_ 引き籠もりたい(ポジティブな意味で
自分一人の世界に入れないと、良いものを作ることはできない。
こういうときネットは邪魔だなぁと思う。
しかし引き籠もりたい一方で、その孤独に耐えられなくなることがしばしばあって、気がついたらIRCやニコ動でチャットしてたりする。
いかんなぁと思う。
_ 孤独の扱い
引き籠もり生活において孤独を解消するとしたら、それは匿名空間が良い。そしてネットではなく、実際に外に出ることが重要だと思う。
以前住んでいた場所は、歩いて郊外型ショッピングモールに行くことができた。そこを毎日ふらふらと、買い物したり、ゲームしたり、本を立ち読みしたりしていた。それは基本的に昼間であったし、幸せそうな家族や、ゲームに興じる子供達しかいないから、知り合いも誰もいない。ただ、知らない人だけが沢山いる。
この習慣は、今考えると非常によいものであったと思う。
自分が何者であるか知られていないということは、非常に楽だ。そしてそれがネットではなく実際の物理的空間であるがゆえ、意思の疎通も皆無だ。そして、実際に体を動かすというのは心地がよい。それが運動である必要は全くない。ただ、ふらふらと歩いて、何かを眺めたり、手に取ったりするだけでも、ネットより全然癒される。
おそらく、引き籠もり的生活をおくる上で、孤独とうまくつきあうには、匿名的現実空間に身を埋めること、そしてそのために体を動かすことが、一番良い処方箋となるのではないかと思う。
_ さて、今の自分はと言うと
正直なところ、外出するには、相当のテンションと決意がないと難しい。体調が悪いとなおさらで、ずっとこの悪循環だ。歩いて2,3分でスーパーやコンビニがある場所だというのに。
でも今日、久しぶりに外へ出た。コンビニは空間的には狭いが、やはり何かが満たされる気はした。
ただ問題は、コンビニ店員が自分のおでんの好みを覚えていたり、定食屋の店長とパン屋でばったり会ってしまって挨拶を交わさざるを得なかったりする、ということだ。そこで大人な対応ができてしまう自分は成長したなと思う反面、引き籠もるという観点から考えると、あまりいい兆候ではないな、とも思う。
そろそろ新しい匿名空間をさがさなければ、と思った。
_ そこまで言っておいて
ちなみに、そう考えると実家というのは、引き籠もる環境としてはあまりよいものとは言えない。経済面以外のメリットはほぼ皆無だ。一切干渉されないような離れの書斎でもあればいいのだけど。
なのに今自分は実家に戻ろうとしている。ちょっとまずいかもしれない。
家族の理解を得る? 無理でしょ。
早めに次の住み処を探さないとな……。
2007-10-18
_ ばいばい、アース 1 (1) / 冲方 丁
最初、描写不足というかルビ多すぎで絵がうかばねーよと!
かおもったけれども、何故かどんどん引き込まれていった。
有り体に言って世界観?とか?そういうのが構築できてるのよね。
そして本巻後半の戦闘のスピード感に圧倒。
続き読みたい。
2007-10-15
_ 工学
要するに『工学』ってのは、自然とか偶然とか奇跡とかいわれる何やら秘密めいた、なんだかもやもやした『環境』やら状態から抽出した、何かの『設計思想』のことなんだ。
んで、才能とか無い奴でも、その擬似的な『環境』の制作成果を、及第点に底上げできる魔法を『技術』と呼ぶ。
この本はその名の通り、映像コンテンツ制作についての入門的思想書であり、それと同時にその技術概論の書でもある。
まあ、ちょっと近道した気にはなれる。
でも、その道を知っているからと言って良い物が作れるわけではない、とも書かれている、
はずだ。
(まだかいつまんでしか読んでないので)
_ うー
この2冊のおかげで、コンテンツ工学に傾倒しはじめている。
2007-10-10
_ 世界に入り込め
心情を吐露する文章書きは長年やってきているのだけれども、どうも計画的に文章を書くと言うことは、なにぶん初めてなもので結構苦労する。
完全に虚構に入り込めればいいのだけれども、なかなかうまくコントロールできない。
入り込め、自分。
日本語の作文技術
それでも少しずつ書いてはいるのだけれども、自分はどうも文章に自信がないのだ。そりゃあ、どこの中学生が書いたんだ? とでも言わんばかりの作品が堂々と世に出ていたりするのは知っているけれども、その甘さに頼るのも嫌だなぁと思った。
そういえば、小学生の頃の担任の国語教師に「日本語が下手ですね」と三者面談で言われたりした、それくらい自信がない、そんなスティグマ。
そのあたりを少しでも補強しようと考え、この本を読んでみた、と、言っても途中までだけれども、なんか今まで感覚でやっていたことが、論理的に説明されていて、こりゃすげえやと、つい夜更かしして読んでしまった。とくに読点についての説明は非常にすっきりする。
とりあえず、自分の文章は感覚頼り過ぎで、気取りすぎだということを痛感した。
読んでほしい人
以前書いていた日記にしても、「おもしろいので毎日楽しみにしてる(技術ネタ以外)」と言ってくれる場合と、「難解だ。何言ってるかわからない(技術ネタ以外)」という場合と、両極端であった。そして、当時はなぜだかわからなかったのだが、前者は見ず知らずの人、後者は近しい友人、といったふうに分かれており、友人には今でもチャット中ですらよく指摘される。
そして今書こうとしているものは、どちらかというと、後者の人たち向けであると考えた方がいいのかもしれない。なるべくわかりやすく、平易な文章で、気取らず書いていこうと思う……。
キャラクタ
いわゆる携帯小説の状況を見ると、彼らはキャラクタすら存在しない小説を楽しめるようだ。キャラクタのない小説ってなんなんだろう、どこがおもしろいんだろう、とか、考え始めると益々混乱してしまうのだが、まあ自分にはとても想像つかない時点で、彼らはターゲットではないのだろうな、と、最初から割り切ろうと思う。
割り切らないと何も作れないしね。
自己言及
まさに、この文章自体も含めて一文が長すぎ、かつ無駄な読点が多すぎる。かといって、どのように句点で切り刻むのが効果的なのかがいまいちわからなかったりする、というような自己言及的な構造。そしてこの無駄な体言止め。ああ、この言い回しが「難解だ」と一蹴される一因か。
2007-10-09
_ 無謀とまでは思っていないが
何もやる気がしないので、1週間ほどぼーっとしていたわけだが。
忙しいときは創作のことばかり考えていたのに、縄が解かれるや否や、案の定足踏みしている。
周りを見渡すと、指数関数的な才能の増加、そして剪定。
その圧迫に、耐えられるだけの力が、自分にはあるだろうか。
……と、いう心境の中、ノベルゲー作ってたりする。
絵をやってくれる人は、とても自分にはもったいない人だけど、なんとかがんばるよ。